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【懐かしいアイテム】平成を振り返ろう

更新日:5 日前

 こんにちは!アサヒコミュニケーションズです。


 最近、「懐かしい」と感じるものや、「あれ、これは平成っぽいな」と思う場面に出会うことが増えていないでしょうか。


 たとえば、雑貨店やガチャガチャのコーナー、某390円ショップの店頭などに、初代プ〇キュアやエンジ〇ルブルーなど2000年代に人気だったアニメやキャラクターブランドを思わせるグッズが並んでいるのを見ると、自然と記憶がよみがえります。当時の子どもたちが大人になり、今度は「作り手」としてグッズや企画に関わるようになったことで、ただのレトロ風ではなく、リアルな平成の空気感が再現されているのかもしれません。


 ノスタルジーとしての平成、というより、「私たちが確かに過ごしてきた時代」としての平成を、あらためて思い出してみたくなりました。そんな気持ちから、今回は「平成を振り返る」というテーマで、いくつかの出来事やカルチャーを見直してみたいと思います。


テレビと流行語

 平成を振り返るうえで、欠かせないのが“流行語”です。ひとこと口にすれば、その時代の空気や出来事、映像まで一瞬でよみがえる――そんな言葉が平成にはたくさんありました。

「だっちゅーの」「チョベリバ」「おっはー」など、90年代はとくにテレビ発信の流行語が多く、2000年代に入ると、「KY」「ググる」「草」など、ネットや若者文化から生まれる言葉が増えてきます。

 まさに流行のプラットフォームがテレビからネットにシフトしたのが平成という時代ですね。


変化するSNS

 今でこそ、SNSって写真を上げたり動画をシェアしたり、フォロワーとリアルタイムでやりとりするのが当たり前ですが、平成のネットは、もう少し“遠回しなつながり”が多かったみたいです。


 たとえば、「齊藤さん」で知らない誰かと通話してみたり、掲示板でケータイ小説を書いて、アクセス数や感想にドキドキしたり。

 通話するならスカイプ、掲示板は2ちゃんねる、動画といえばニコニコ動画。まとめサイトで「○○な人あるある」を読んだり。


 整理されたタイムラインやアルゴリズムはなかったけれど、その分、ネットの世界には“秘密基地”みたいなノリがあって、誰かが何かを作って、誰かがふらっと反応して、ゆるく盛り上がる。今のSNSみたいに“誰の目にも開かれている”わけではなくて、限られた人だけがたどり着ける場所、選ばれた人だけが知っている空間みたいな感じだったのですね。掲示板も一応は誰でも読めたけれど、スレッドごとに独自のルールがあって、書き込むには空気の読解力がないとすぐ突っ込まれていたみたいですね。個人サイトにはパスワードのヒントだけが書かれていて、一生懸命その人のプロフィールを読み込んで、秘密基地の入り口を探していたようです。


 今ほどオープンではないけれど、だからこそ濃くて、記憶に残るやりとりが多かったのかもしれません。ちょっと不便な感じもしますね。でも便利がすべてではないですよね。


 それにしても不思議なのが、今のようにSNSがなかった時代に、なぜ小学生たちは、同じ流行言葉や替え歌を知っていたのでしょう、それも全国規模で。テレビで放送されたりしなくても、別の地域の子たちなのにみんな知っているとかありましたよね。どういうメカニズムなのか、いつか解明されてほしいです。

平成の常識が新鮮

 今の学生世代の子たちが、CDを見て「Wi-Fiがなくても音楽が聴けるのがすごい!」と感動するという話を耳にしたことがあります。逆に、「CDで曲をスキップできる」こと自体が、ちょっとした革命でした。


 とはいえ私も似たような経験があって、子どもの頃は家庭にゲーム専用機がなかったため、ゲームといえばスマホアプリでした。初めてゲーム機を持ったのは大人になってからで、正直とても感動しました。専用ゲーム機のタイトルは決して安くはありませんが、一度ソフトを購入すれば、追加の課金をせずにじっくり遊び込めるというスタイルに、こんな贅沢でいいのかと驚いてしまいました。Wi-Fiがなくてもプレイに支障がなく、クエストをクリアすればアイテムや新エリアが自然と開放されていく――“こつこつ積み上げていく楽しさ”が詰まっています。


 一方で、スマホゲームは「欲しいもの」をお金で手に入れる設計が多く、課金によって短時間で満足感を得る構造が中心です。スマホゲームに3000円、5000円といった金額を数回に分けて支払うより、専用機のゲームのほうが実は“コスパが良い”という発見もありました。


 こうして比べてみると、ゲームの楽しみ方もずいぶんと変化してきたことに気づかされます。


まとめ

 新しい楽しみ方や価値観がどんどん生まれていく中で、あの頃の「あたりまえ」だったものが、ふとした拍子に懐かしくよみがえる瞬間に出会うたびに、平成という時代が、ちゃんと今につながっていることを実感します。


 すっかり変わったようでいて、根っこの部分ではあまり変わっていないのかもしれません。今の当たり前もいつかは懐かしさになるのですよね。老人ホームでゲームとか掲示板の話とかするのかなと想像したらちょっと面白いですね。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。






 
 
 

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